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2007年12月23日 (日)

「吸血鬼/ヴァンパイア文学800・アート」賞授賞式&文芸朗読/トークショーレポ(その2)

(つづき)

 まずはアートの入選作の発表です。
 司会の方の背後の巨大なプロジェクターに作品が映し出されます。

アート入賞作品
Deino『狩人の月』
AtelierFIORE「中井英夫 月蝕領域宣言『殺人者の憩いの家 月光療法について』より
HISA『恍惚』

 入賞者のなかで、実際に会場にいらしたのはAtelierFIOREの方でした。
 作品解説がされます。
 HISAさんの『恍惚』はかわいらしいウサギのかたちをしたアイアン・メイデン(鉄の処女)が背後に並ぶなか、ゴスロリ衣装の少女が恍惚の表情で血を啜っていて、エプロンの前にも血がこぼれているというグロかわいい作品でした。東さんが「高原英理さんが好きそう」とおっしゃっていましたが、まさしくそのとおりでした。

 さて、文学賞の選考結果の発表です。
 まず、応募総数320篇を東さんと今野編集長がすべて目を通し、それぞれベスト10を選び、しぼられた作品を菊池さんが読み、大賞を決めるという方法がとられたことが説明されます。
 なお、東さんは作者名を知らない状態で作品のみを読み、選んだ結果、てのひら怪談などでよく知っているおなじみの名前ばかりが残ってしまったとのことです。経験ある作家が作品そのものの実力で選ばれたということなのでしょう。今野編集長のほうも作者名を伏せたまま読まれたそうです。もっとも東さんほどにはてのひら組の作家さんについて存じていないので、伏せていない状態でも自分のほうは選考にそれほど影響はなかったのではとも付け加えておられました。

東雅夫氏ベスト3
我妻俊樹「夜の部屋の舌」
立花腑楽「オカシラ様」
黒狗「さらば、吸血鬼」

 我妻さん以外の受賞者の方は会場にいらしたので、表彰が行われます。おおっ。

 つづいて、「夜想」編集長のベスト3
金子みづは「夜の向日葵」
田辺青蛙「杏の血」
田辺青蛙「七つの子」

 作者名を伏せたままで選んだための田辺さんの複数作受賞です。おふたりとも会場におられました。まあ、田辺さんは隣の隣におられたので、「会場におられました」という表現はふさわしくないか。田辺さん照れていました。

 そして、菊池秀行さんから大賞の発表。

大賞
金子みづは「夜想曲」

 金子みづはさんは、「てのひら怪談2」において、ちょうど僕の前に収録されていた作家さんなので、よくおぼえていました。「2」の「焼き蛤」とは異なった凄惨な作風に幅の広さを思い知らされました。
 受賞作がつづくので、前のほうに座っておられた金子さんは立ったり座ったりの繰り返しでした。たいへんそうですが、うらやましいといえばうらやましいです。

 そして、受賞作の「夜想曲」の朗読が先ほどのCafe凛堂の女性三人によって行われます。
 朗読のあとに東さんから説明があったのですが、当初は大賞作の朗読は予定になく、ぶっつけ本番で行われたそうなのですが、そんなことは微塵にも感じさせないみごとな朗読でした。先ほどの朗読も含めて、照明やSEの使い方も効果的でした。
 
 さて、総括の講評として、全体的にレベルが高く、ハイクオリティであり、作風の幅もバリエーションに富んでおり、審査はきわめてたいへんであったことが、まず東さんから述べられます。

 菊池さんも800字という縛りの上に、吸血鬼という難しいテーマを取り入れ、よくここまで多くの上質の作品が寄せられたものだと感心されてました。面白かったという言葉も。吸血鬼は映画でも題材もアイディアも出尽くした印象があるのに、これだけの切り口がまだまだ出てくる。新しい可能性を見た。みなさんの手垢のついていない新鮮さがみずみずしかったとしめくくられました。

「夜想」編集長は、800字という制限のなかではストーリー重視というわけにはいかず、雰囲気のみであらわす作品が多いかと思いきや、さまざまな手法が凝らされていて、構造的に作りこまれていて、意表を突かれた。新鮮味があったとおっしゃっていました。

 朗読されることが前提だったので、明らかにそれを意識された作品が多かったことも付け加えられます。

 さて、受賞にはいたらなかったけれども、ベスト10に入った作品が読みあげられます。
東雅夫氏ベスト10(前記3はのぞいて)
葦原崇貴「ただいま」
君島慧是「城と囚人」
クジラマク「ひかげもの」
田辺青蛙「あるがままに」
松本楽志「Myllokunmingia Draculia」
山本ゆうじ「血筆――ブルートグリッフェル」
夢乃鳥子「ウロボロス」

朗読向き作品
葦原崇貴「人殺し」
亀ヶ岡重明「日光ニモマケズ」
君島慧是「星月夜の丘」
クジラマク「饗宴」
田辺青蛙「数え鬼」
山下昇平「本、少女、血と」

番外
葦原崇貴「吸血鬼ハンター出井」

 番外の「吸血鬼ハンター出井」 とはもちろん、菊池秀行さんの作品のパロディです。菊池さんは苦笑いをされた上で、「いやがらせだ」とおどけた声でおっしゃっていました。

「夜想」編集長ベスト13(前記3はのぞいて)
金子みづは「夜想曲」
青山龍湖「少女中毒」
山本ゆうじ「血筆――ブルートグリッフェル」
松音戸子「もうひとつのラプンツェル」
松音戸子「人魚姫の姉」
早良敦司「阿片」
meg「ムーンシャイン」
仲町六絵「小さなライオン」
添田健一「闇に蠢く」
野棘かな「特別な種族」

次点
猫屋四季「独奏者」
葦原崇貴「ちすいおじさん」
春乃蒼「水中花」
西野りーあ「哀悼歌」
白縫「淑子」
山本ゆうじ「血缶販売機」

 正直、自分のランクインはあきらめかけていたので、おどろきました。メモの手が止まってしまったくらいに。
 暗がりの怪しげなムードの会場のなか、今野編集長から、「添田健一 闇に蠢く」という声が響き渡った瞬間は忘れられそうにありません。「闇に蠢く」というタイトルを文字どおり闇のなかで聞きました。
 近くの勝山さんが持ち上げの声をかけてくれました。感謝。

 あらためて総括。最終的に手だれの作家が残った実力本位の結果であったことが述べられます。ちなみに田辺さんは最多数投稿者であり、名前を伏せた状態でも東さんには田辺さんだとすぐわかったそうです。先ほどの朗読を思い起こすと、さもありなん、といいたいところです。杏のにおいのする吸血鬼物語は斬新だったとも。
 また、山本ゆうじさんの「血筆」、立花腑楽さんの「オカシラ様」には改めて高い評価がされます。立花さんの和風舶来テイストな吸血鬼は新鮮だったとのことです。
 
 寄せられた作品には散文詩や短歌もあったそうです。実は僕も「漢詩と吸血鬼」というネタを考えたのですが、実現できませんでした。力不足が残念なり。菊池秀行さんの作品には中国種吸血鬼の物語があり、美貌の吸血鬼が高青邱(高啓)の詩を詠む場面があるのですが、そういえばどうして高青邱なのでしょうか。吸血鬼との関連性も調べてみたのですが、さっぱりわかりませんでした。菊池さんはまず、屈原というイメージがあったと須永さんとの対談で語っておられましたが。

 来賓としていらっしゃったのは、平山夢明さんと福澤徹三さんでした。お世話になっております。

 まとめにはいり、金子みづはさんへのインタビュー。やはりというか金子さんはこれまでにも掌編で鍛えてこられた方だそうです。吸血鬼は書いていて楽しかったともおっしゃっていました。
 菊池さんが身を乗り出して、「結婚されてますか」とうかがわれ、またしても客席から笑いが起きました。

 司会の今野編集長がしめくくろうとされましたが、東さんの待ったの声がかかります。

 そうです。忘れてはいけません。このイベントはスタートでもあるのです。ほかでもありません。寄稿された高品質で斬新な吸血鬼掌編のおびただしい作品群をこのまま眠らせてしまう手はありません。ぜひとも出版、書籍化という動きに詰めるべきなのです。客席からも熱い要望の声があがります。僕もぜひとも読みたい作家の作品がたくさんあります。みなさんの熱意に応じて「夜想」編集長もきわめて前向きにとらえてくれたみたいです。共同で出してくれたらうれしいな。ぜひ、出しましょう。

 まずは学研から近日刊行予定である東さんの伝奇の9「吸血妖魅譚」。800字クトゥルー掌編集『リトル、リトル、クトゥルーテイルズ(仮)』の売れ行きがだいじとのことです。吸血鬼もクトゥルーも固定ファンが多くいるので、好評を得るのではないでしょうか。

 まとめのはずなのに、なぜか話がひろがってゆきます。菊池さんから、またマンガというジャンルにおいても吸血鬼は多く描かれていることが挙げられます。菊池さんが少年のころにも貸本屋のマンガに時代物の剣豪吸血鬼、忍者吸血鬼というおどろくようなものを見かけたそうです。メディアの差というものもありますが、まだまだ吸血鬼作品は幅が広がりそうです。忍者吸血鬼って、最近のマンガで見かけたおぼえがあります。「ヘルシング」は読んだことがないのですが、好評みたいですね。小谷真理さんも「テクノゴシック」で吸血鬼マンガ紹介で一節をさかれています。

 時の経つのはあっというまで、すでに22時を過ぎています。ポプラ社の斉藤さんと勝山さんと話しました。勝山さんも斉藤さんに(ご結婚を)おめでとうといい、斉藤さんも勝山さんに(受賞を)おめでとうございますとおっしゃっていました。2階のギャラリーにそろって移動。
 200円でワインがいただけるそうなので、列の最後尾につきます。そこへ、2階にあがってきた門賀さんに声をかけられ、地図を手渡されます。

 せっかくだから、このあとてのひら作家でどこかで飲みにゆきませんか、でも、自分はまだ会場を離れられないので、みんなの誘導と幹事をやってほしいとのことです。

 どうして僕なのでしょうか。金曜の深夜ですし、お店も見つかるでしょうか。と悩む暇もなく、早速みなさんに呼びかけてみます。「ゆくぜ、という方は挙手お願いします」僕を含めて12名の手が挙がります。おおっ。

 では、時間も時間なので、浅草橋駅前に移動です。誘導開始。
「そえさん、幹事なれしてますね」
 いやはやクジラマクさんにほめられるとは光栄至極なり。

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2007年12月22日 (土)

「吸血鬼/ヴァンパイア文学800・アート」賞授賞式&文芸朗読/トークショーレポ(その1)

 12/21 18:30

「吸血鬼/ヴァンパイア文学800・アート」賞
授賞式&文芸朗読/トークショー
http://www.yaso-peyotl.com/archives/2007/11/post_365.html

 浅草橋のギャラリー「parabolica-bis[パラボリカ・ビス]」にちょっと道に迷いつつも到着。
 開場されていないので、2階のギャラリーmattina[マッティナ]へ。マッティナとは眠りからさめるやわらかな朝という意味だそうです。

 丸尾末広のアートの前にたむろうヒモロギさん、クジラマクさん、立花腑楽さんに会う。ヒモロギさんを除いては西荻イベント以来です。
 そのあと五十嵐彪太くん、マンジュさん、はじめましてな峯岸さんと会う。
 酒月さんことフリーライターの門賀美央子さん、松本楽志さんも来られる。てのひら組でいっぱいだ。白ひびきさんもお見かけしたような。

 アートギャラリーは、小島文美、山本タカトの精密な画にうっとりさせられた。山本タカトは、自分のなかでいまいちばん注目の画家さんだ。丸尾末広の「笑う吸血鬼」と「ハライソ」のアートも展示されていて、この作品がこよなく好きなだけにうれしかった。

 田辺青蛙さん、勝山海百合さん登場。おおっ、こんなにてのひら作家さんが一同に会すのは西荻以来なのでは。正直、ここまで勢ぞろいするとは思っていなかった。
 五十嵐さんとマンジュさんのおふたりはてのひら作家のサインを熱心に収集されてました。僕もサインする。12名分くらい集まったそうな。

 会場の設置がやや押している感じ。ようやく入場開始。僕はなぜかチケット番号が1番でした。そんなに早く申し込んだわけでもないのですが。
 そんなわけで一番乗りに会場へ。せっかくなので椅子のある席のいちばん前に座ってみます。
 隣に門賀さん、その向こうに田辺さん、近くに勝山さんが座っておられました。
 そして、僕の左隣には、なにやら厚い本を手にしたしゃれた衣装の女性が。

 東雅夫さん、菊池秀行さん登場。司会を「夜想」編集長の今野さんがつとめます。今野さんが予想していたよりもお若いのでびっくり。
 まずはトークショーから、東さんから「幻想文学」と「夜想」のコラボレーション企画はかねてからやりたかったイベントであったことがまず告げられます。

 つづいて、菊池秀行さんのデビューから4半世紀にもわたる紹介がされます。ホラーとはむかしは少女漫画が発表媒体の多くで、男が好むものではなかったことなど、当時の状況が語られます。

 菊池さんはトークが面白かったです。会場ではひんぴんと笑い声があがりました。僕も何度も声を上げて笑いました。

「吸血鬼ドラキュラ」において、人間でははじめて吸血鬼に科学の力を駆使して反撃を試みたヴァン・ヘルシング教授はその後の吸血鬼と人間の戦いという一大テーマを生み出した偉人であることが熱を込めて語られます。

 東さんから、吸血鬼文学の系譜が語られます。これまで土着の怪物であった吸血鬼を貴族風に仕立てあげたのはポリドリの描いたルスヴェン卿がさきがけであり、卿のモデルはバイロンとうわさされたこと、怪奇小説好きには有名な話である、スイスの湖畔でシェリー夫妻との語らいのなかで、ポリドリの作品が誕生するきっかけになったことが告げられます。レ・ファニュのカーミラの話も。
 今野編集長からは、デュマの「モンテ・クリスト伯」にはルスヴェン卿の名前が出てくる箇所があることが注釈されます。

 そのあと、実際にトランシルヴァニアを訪れたことのある菊池さんのお話。ドラキュラはルーマニアの英雄ヴラド・ツェペシュをモデルにした作品なのですが、実際のトランシルヴァニアはいたってのどかで農家や畑ばかり、道らしい道もなくあたりは牛の糞だらけで、ドラキュラの面影も何もなかったことが告げられます。ここは菊池さんが突き放すようなしゃべり方で、笑いが起きてました。

 この話僕は、昔の「幻想文学」吸血鬼特集で須永朝彦さんとの対談のなかで一度読んでいるのですが、その記事の中ではやたらロマンが語られ、牛の糞の話題なんてまったく出ていなかったかと記憶しているのですが。

 会場には吸血鬼映画のポスターがずらりと貼られていました。
 菊池さんが吸血鬼にはまったのは小学5年生のときに、映画で観たのがきっかけだそうです。あまりの怖さに夜にトイレにいけなくなり、割り箸を枕元に用意して、いつ吸血鬼が現れても十字架が作れるように備えていたのだそうです。ここも大笑い。

 さて、ここで趣向を変えて、寄稿された作品の優秀作の朗読のはじまりです。
 朗読はCafe凛堂の女性三人によって行われます。

 高らかな声が会場に響きます。あとでわかったのですが、すでにこれはクジラマクさんの「饗宴」が朗読されているのでした。

 そして、謎だった僕の左隣にいた方も朗読者の一人でした。「我々は本物の吸血鬼」であり、ここは宴の場で、「贄となる人間を集めるための」罠であったことが告げられます。おそろしい話です。左隣のひとが吸血鬼であるのならば、最初の犠牲者は僕になるのでしょうか。血祭りの餌食でしょうか。逃げたほうがよいのでは。

 照明が落ちるためのカウントダウン。
 3人の女性による朗読が始まります。衣装はタキシード、正しくわからないですけどヘルシングの吸血鬼狩り部隊の戦闘服みたいなフォーマルウェア、パーティードレスでした。

 以下の作品が読まれました。

青山龍湖「少女中毒」
田辺青蛙「杏の血」
田辺青蛙「七つの子」
葦原崇貴「人探し」
黒狗「さらば、吸血鬼」
立花腑楽「オカシラ様」
金子みづは「夜の向日葵」
我妻俊樹「夜の部屋の舌」

 まず思ったのは、800字掌編作品も芝居がかったかたちの朗読になると、結構長く感じられるということです。

 タイトルは告げられましたが、作者名が伏せられたままで朗読がされます。作者名はあとでわかったのですが、みなさんいずれも800字作品なれされている実力ある手だれぞろい。よく練られた選ばれた優秀作は800字でもじつに充実した内容なのです。

 作者名は伏せられていたのですが、「杏の血」は冒頭の一行が読まれた瞬間に、あっ、田辺さんの作品だとすぐにわかりました。あとで聞いたら、勝山さんもすぐにわかったそうです。特徴があるということでしょうか。
 でも、その次の「七つの子」は田辺さんとは思いませんでした。同じ作者の別の作品が連続して読まれることはないだろうと、思いこんでいたせいでもありますが。

 つづく「人探し」は3人が代わる代わるに一文を鋭い声でたたみかけるように読んでゆくという趣向。「このなかにひとりだけ人間がいる」という内容なので、凄絶きわまりない、息を呑むようなすさまじい朗読でした。3人の声が時にはかぶったりするところも雰囲気が出ていました。作品も朗読されることを明らかに意識して書かれている内容でした。

 立花さんの「オカシラ様」は和風舶来吸血妖魅譚で、人気ある作品でした。僕もすごい好きな作品です。さらに、つけくわえるのであれば、立花さんはこの日、女子人気絶大でした。

 朗読も終わり、いったん休憩が入ります。 勝山さんや田辺さんと話したりする。
 ですぺらでよくお会いする学研のおふたりも発見。

 2階のギャラリーに移動。

 ポプラ社の斉藤さんが門賀さんと話していらした。先だって、斉藤さんにお贈りした「てのひら怪談 壽」の話になって、製本を手がけられた五十嵐彪太くんと引きあわせたりする。喜んでいただけてうれしいです。

 bk1の方もいらして、てのひら作家さん数名とのあいだに話が弾んでいました。

 15分が経過したところで、そろっておとなしく会場に戻ります。彪太くんがおっしゃったように「みなさんいい子ばかり」なのです。

 さて、いよいよ吸血鬼掌編文学賞アート作品の大賞優秀作発表と選考結果および授賞式のはじまりです。

(つづきます)

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2007年12月21日 (金)

黒史郎『獣王』

Book 獣王 (幽BOOKS)

著者:黒史郎
販売元:メディアファクトリー
Amazon.co.jpで詳細を確認する

02943723夜は一緒に散歩しよ』で『幽』怪談文学賞長編部門大賞を受賞し、その後、怪談やクトゥルー神話を題材にした短編を精力をもって発表している黒史郎氏の長編小説第二作目。

 [bk1]書籍情報(2008年1月15日まで購入特典あり)

 動物園「アルカ」の飼育係をしている「私」は、子供のころから、妖怪や怪物が好きで、その類の本を読んでは妄想ばかりしていた。父親からは暴力を振るわれ、学校では陰湿な教師のいやがらせ、いじめにもあっていた。動物園内でも汚い仕事を押しつけられたり、不当な扱いをされている。
 やがて、園内に長い睫毛にはさまれたライトブルーの瞳を持つ不思議な女性が毎日あらわれるようになり、さまざまな動物の鳴き声などの擬態をする。だが、彼女が擬態をはじめた動物たちは一頭が必ず死ぬという不可解な現象が起こる。
 女性に惹かれる「私」は、やがて動物園の寮でもあるアパートの一室で彼女と奇妙な同棲生活をはじめるようになる。数数の動物の擬態をつづける彼女はやがて容姿から行動までもが、動物そのものへと変貌してゆく。そして、擬態された動物たちには死が訪れる。彼女は何者なのか。女性に「キョウコ」という母親と同じ名前をつけた「私」は寮に自分しか住んでいないことを幸いに部屋を彼女が過ごしやすいように改造し、動物園ならぬキョウコ園とでも呼ぶべき快適な空間を作りあげようとする。だが。

 
 一気に読み終えてしまいました。
 キョウコが何者なのだろうという謎解きよりもむしろ、「私」が狂気に蝕まれてゆく過程、というよりも、狂気が発露する場面の心理描写が秀逸で息を呑みました。
 もう少し、「私」がこれまでの半生をどう生きてきたか、女性全般に対してどのような思いを抱いているのか、描いていてほしかったですが、このあたりはもの足りないくらいがちょうどよいのかも知れません。

 アパートを、キョウコがどんな次にどんな動物に変貌してもよいように、計画を建て、改造してゆく「私」の渾身ぶりと楽しげなようすは、ほほえましくもあるのですが、その分、続く展開ではこのときの明るさが闇に転じます。

 そして、ひとつの「誕生」とともに、物語は加速をつけて暗い道をすすんでゆきます。「私」の勤めている動物園の細かい描写が前半にもう少し書きこまれていれば、ラストの凄絶な場面はなおのことひきたったかと思う向きもあるのですが、狂気の行き着く果てが闇よりもなお暗い世界を映し出す世界はどっぷりと浸れます。

 夜の動物園が好きな方、惹かれる方におすすめ。

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2007年12月13日 (木)

てのひら栞

316203698_150  画像は、先だっての「てのひら怪談 壽」製作のお手伝いをしたごほうびとして、同じく製作にたずさわった岩里藁人さんに作っていただいた、「2」の収録自作「食卓の光景」の栞です。

 作品では描かれることのなかったその後が描かれていますね。ぷっくりと盛りあがった目玉焼きの黄身がおいしそうです。拙作で描かれているよりも栄養バランスの面においてアップしておりますが、作品内の「私」ならば、そのように行動するでしょうから、もってふさわしき、といったところでありましょうか。

 手が透けていて、しかもその向こうの醤油挿しと醤油は実体を伴っているところとか、食卓に黄色い光が射しこんでいるあたりなど、まこともって作品の細部にいるまで見事に作りこまれています。

 岩里さん、すてきな栞をありがとうございます。

 岩里さんは、前作「1」のときより、「てのひら怪談」をめぐる多大な作品栞を手がけられたりして、この一大ムーブメントに華を添えてくれ続けております。

「2」の栞も続続と製作されているそうですので、楽しみです。

「2」掲載作の「シャボン魂」もネット掲載時と比べて、書籍収録されてからじわじわと人気を呼びはじめ、高評価を得てきています。切ない作品です。ご一読あれ。

「てのひら怪談2」

http://www.bk1.jp/product/02927474/?partnerid=02a801

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2007年12月11日 (火)

第18回西荻ブックマーク 角田光代トークイベント(スタッフ日記)

 12/9 15:00
 
 西荻の北尾トロさんの事務所へ。
 第18回西荻ブックマークのイベント準備です。

 角田光代トークイベント「中央線で暮らすということ」

 僕はスタッフとしてのイベント参加は2回目になります。

 ゆっくり挨拶する時間もなく、会場への椅子とマイクスタンドの運び出し開始。奥園さんとふたり、寒いなか台車を押して搬入作業。本日は、100人のイベントとしては、男手はこのふたりだけなので、たいへんなことになるのは必至なり。
 会場設置、椅子の並べとマイクテスト、掲示貼り。「こんにちは。角田光代です」などとマイクテストをしているバカな僕がいました。
 16時ちょっとすぎには、早めに作業完了。ちょっとした休憩で、やはりスタッフである音羽館のお店の人と話したしりする。古本屋さんと客という立場を離れて、お話したのは今回がはじめて。

 16時半から、冬の寒空の下、屋外でお客さんの誘導。西荻ブックマークのチラシを手に誘導になったものかどうか、お客さんに道案内をする僕がいました。しかし、寒かった。北尾トロさんや、斉木さんが陣中見舞いに来てくれたりした。

 17時10分。イベント開始。誘導はいったん終わり。
 17時半。会場にもどる。
 もちろんこのとき、トークイベントははじまっています。
 トークの内容は、角田さんから、「今日お話した内容はみなさんブログなどに書かないでくださいね」と釘をさされてしまったので、書きませんが、角田さん独特のユーモアが、北尾トロさんとのかけあいとテンポよくかみあって、始終笑いの絶えないトークショーであったことは明記しておきます。

 いったん休憩。受付にいたりする。

 角田さんによる自作朗読。そのあとは再びトークショー、そしてサイン会へと移ってゆきます。記念撮影にも喜んで応じられる角田さん。
 お帰りになられるお客さまに挨拶を。

 平行して、撤収作業も徐徐に開始。ゆえあって奥園さんも帰られたので、男手はもはや僕ひとり、再び冬の寒空の下を台車に押す姿がありました。

 スタッフのみなさんと打ち上げ会場の池の屋をめざします。

 寒いなかでの作業はたいへんでしたが、盛会に終わり、なによりでした。

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2007年12月10日 (月)

『てのひら怪談2』収録作品感想

Tenohira

『てのひら怪談2』収録作の個別の感想です。
 秋山真琴さんのように全作分書くべきだと思ったのですが、時間と体力の問題で無理でした。むむ。
 自作についてはいちばん最後に触れます。
 ちなみにフォーマットは完全にその秋山さんからこっそりお借りしました。秋山さん、すみません。

 まず表紙の感想から。
 花火柄であざやかでいい表紙ですね。なにかを掬おうとしているかのようにも見える両のてのひら。この手に残るもの、指のあわいからこぼれ落ちるもの、そのどちらが文学であり、ひとのいとなみなんだろうか、と思いめぐらせてしまいます。

 ではスタート。

クジラマク「赤き丸」
 優秀賞受賞作です。まさしく怪作と呼ぶにふさわしき一作。たくさんの子供のピエロが赤い丸い鼻先をあちこちに押しつけている奇怪で毒毒しい映像が浮かんできます。悪夢に見てしまいそうな気色の悪さ。冒頭にこれをもってきた編集側の巧手にも拍手。のっけからこれでがつんと殴られたような衝撃を受けてしまったら、もうあとにはひけませんよ。

岩里藁人「シャボン魂」
 連想したのはソルジェニーツィンの「ガン病棟」の乳がんを患った少女のエピソード。
 全体を通して、清涼な空気ながらも、そこに生命のかぼそい息吹を感じさせてくれる透明感があらわれています。
 赤い大きなシャボン玉が印象的。余韻の残る読後感はたまらなく切ない。


宮間波「深夜の騒音」
 深夜の街のひとコマ。暴走族の騒音の擬音がいい感じ。向かいのマンションのまたたく灯の幻覚が、都会の暮らしの孤独と閉塞感を夜の闇のうちに一瞬だけ照らしだしているようで、心に残る。都会に暮らすものは近くにいても、こうしたことでしかつながれないのか、相手の存在さえ気づけないのか、と寂寞感もおぼえる。

狩野いくみ「赤地蔵」
 赤一色の濃厚な作品。杳としてとらえどころのない霧のなかにいるような感覚がたいそう不気味。今日から路傍のお地蔵様をちゃんと直視できるだろうかと不安になってしまいました。

高橋史絵「石がものいう話」
 六朝志怪小説の干宝『捜神記』を読んでいるみたい。最初は平べったい石をイメージしていたのですが、ふたつに割れたなかから鬼神があらわれたとなると小山のようなかたちなのかな。2回目の「路傍」はないほうがいいと思った。最後の一文はとぼけた味わいが民間伝承ぽくていい感じです。

白ひびき「石に潜む」
 龍から鳳というのは、中国の王朝の移り変わりの話でしたっけ。この珍しい化石の描写と「わたし」の化石への思い入れについてはもう少し行数をかけて書いてほしかった。仙人の老人の子供っぽさがいかにもで、いい感じ。

君島慧是「デウス・エクス・リブリス」
 一大傑作。収録されている100作のなかでいちばん好きな作品を挙げるとしたら、まちがいなくこの作品です。
 魔法の呪文のようなタイトルで、そこから喚起される期待をいささかも裏切ることもなく、緻密で心躍る物語世界が流麗なる筆致で瞬くまに構成されてゆく過程は圧巻のひとことで、息をも継がせぬとはこのことかと胸を震わせてしまいます。陶酔をともなう、しびれるくらいの読書体験。
 怪談という枠をはるかに超えて、800字文学の到達点のひとつというべき作品。
 この作品が読めてうれしい。

田辺青蛙「幽霊画の女」
 幽霊画の女の白い足のエロティシズム。
 書きだしはいささかねらいが過ぎているきらいがあり、「煮て、」までは不要ではないかと。
 でも、男がこれを書いたらこういうラストにはならないのではないかと首をひねってしまいました。男って、結構その可能性がありうることを「忘れてしまう」生き物だと思うのは、僕だけですかねw

松本楽志「厄」
 鳥居のある公園ってハレとケが、日常と非日常が絡まるように入り混じっていて、確かにカオスですよね。
 神社の賽銭をひっくり返したような賑わいぶり。「鉄管子」というネーミングもよろしいようで。
 個人的には「えっ、がくしさんって、こういう作風もありのひとなの。前から、それとも新境地。まだまだいろいろな顔を見せてくれそう。鉄管子には顔がないけどな」と思わせてくれて、どきどきしました。

行一震「もんがまえ」
 エレベーターはよく利用し、タッチパネルの操作もすすんでする性質の僕ですが、この作品で起こるようなことは一度たりとも思わなかったです。
 次にエレベーターに乗るときは表示ボタンをよく見てみよう。でも、そこにこの文字があったら、さて、どうしよう。構えてみるかい。

仁木一青「のぼれのぼれ」
 小学生のとき、友達の家に遊びに行ったら、友達は急に出かけることになり、お母さんがせっかく作ってくれたおむすびを「いいっ」といって飛び出してしまい、そのおむすびは僕が食べることになりました。そしたら、そのおむすびがおいしくて、なんてことを思いだしました。
 おとなになると非常階段で遊んだりすることもなくなりますね。この世ならぬ声も聞こえなくなるんでしょうか。

有井聡「磯牡蠣」
 優秀賞受賞作です。吉村昭の破船の話を思いだしました。離岸提に付着したバカ牡蠣の情景がお見事です。ラストの、ひとごとでは済まなくなってしまう反転ぶりもあざやか。こちらまで笑顔がそのまま固まってしまいます。こわいこわい。

金子みづは「焼き蛤」
 母と娘の対話から、お父さんの姿が浮かびあがってきます。「金策」はストレートすぎる表現なので、もう少し凝らしたほうがよかったかなと思います。ラストの蛤がおいしそう。

久遠平太郎「二〇〇七年度問題」
 いやあもう、車も急にはとまれないけど、ひとだって身についた習慣は容易には切り離せるものではないですよ、まして明るい明日を信じて築きあげてこられたかたがたはなおのこと。でも、実害のない霊だったら、無視ではなく、ねんごろに供養して神棚に奉納のほうが、日本では筋なのではないかなあ。

我妻俊樹「客」
 傑作。怪異よりも、母の心理がうかがえ知れないあたりに言葉の継ぎようのない沈黙をおぼえてしまいます。なるほど塵ひとつない部屋、みごとに整った生垣とはよくたとえたものです。

武田若千「女」
 つるりと読めてしまい、ひっかかるところもなく、感想らしい感想も出てこない妙味作品。なにか残るものはないかと探ると、おおそれは、女の漏らす、ため息の擬音。

米川京「蜘蛛の糸」
 いやもう、最後がすばらしいです。同名のあの有名作とは、がっかりした対象がみごとにちがうところがよろしいようで。なんとも人の業というか、死してなおもあさましさというか。お釈迦さまはそれでもどこかにいっらしゃるのかしらん。

朱雀門出「カミソリを踏む」
 非常に痛い話です。最初の一歩だか、一めり込みまではもう少し描写してほしかった。そのあとは切り刻まれ続けです。いたいです。救いのないラストは作品としてはよいと思います。実体験するのは絶対いやです。

春乃蒼「迦陵頻伽─極楽鳥になった禿」
 テーマは実によいのだけれども、題材がそれに追いついていない印象があります。副題もそのまんま過ぎて不要なのではないかと。「仏の光」とか言葉ももう少し選ぶべき。なによりも、美しさは別の表現で補ったり、浮きあがらせたりするものであって、そのまま「美しき」と出されると興がかなり削がれてしまいます。春乃さんの作風は好きなのですけれども、それがゆえの辛口評価。

加楽幽明「禍犬様」
 地方に伝わる話を題材にしていて、うまいし、こわいです。書くべきところと、わざと書いていないところを、切り分けているあたりに技巧の冴えを感じます。それでいて、ラストに判別つかなき声を持ってくるところが、重ね重ねうまい。

新熊昇「連子窓」
 あの木が組んで隙間のある窓は連子窓というのですね。はじめて知りました。この見え隠れする窓をモチーフにして、夢とうつつと光と影と色彩と生と死を交差させたり、反転させたりの芸が実にうまいです。浴衣の柄も趣きあり。

江崎来人「お花さん」
 子供のころ、鶏の殺し方を知ったとき、薄ら寒い思いがしたけれども、それを思い出させてくれました。描写の細かさがいっそうリアリティを生んでいます。鶏の足とかよくみるとそれはそれは不気味であること。お花さんという名づけもよいです。

梅原公彦「大好きな彼女と一心同体になる方法」
 悪意を感じるタイトルだと思っていましたが、やはりそうでした。作風もひじょうに悪趣味でどうも好きではないのですが、それよりも「一心同体」という言葉の意味を作者がこの場合わざと間違えて用いているのかどうなのかの判別がつかないところが気になります。

漆原正貴「いのち」
 お父さんが息子にかける言葉がいいですね。ただ、それがゆえにお父さん視点から書くとか、もう少し題材をいろいろ試すがめつされたほうがまた違う味わいが出たのではないかと。ラストの「愛おしくてたまらなかった」は手垢にまみれた表現だと思います。お父さんの科白まわしがよいだけに残念。

秋山真琴「弔夜」
 普陀落渡海か百鬼夜行か。じつに居心地のよい作品。夜道に遠くに近くに聞こえてくる子鬼の声、祭囃子、狐、漆黒の巫女など道具じたてと雰囲気は目にも耳にも楽しい。無改行の効果も抜群。ラストも沁みいる。
 ただし、科白の箇所を除いても主人公の名前である「闇沼」が9回出てくるのは多い。半分に減らしたほうが全体が締まる気がしました。「寛大な」もその前の述懐ですでに寛大さを表現しているので不要かと。

五十嵐彪太「狐火を追うもの」
 一読して、ああこの作品好きだ、と思いました。狐火のつらなりがイメージとして鮮やかに浮かんできます。とはいえ、「狐火」の語が多出しているかな、という気はします。
 思春期の少年心理の描きように好感が持てる。ラストの突き放しかたもおみごと。残酷だと思ってしまったのは僕だけでしょうか。

立花腑楽「夏の終わりに」
 真夏の陽光を受けたアスファルトのうだるような暑さとひぐらしの鳴き声に懐かしい情景をおぼえました。そうそして、たくさんの蝉の死骸にはぎょっとしました。やかましいくらいだった蝉の鳴き声が聞こえなくなる瞬間って、ありますよね。

うどうかおる「グラマンの怪」
 著者が自身の戦争体験をつづったエッセイに「機銃掃射とは怖いものだが、意外にあたらないものでもある」という一文を読んで、言葉にならないぞっとした思いを抱いたことがありますが、この作品を読んでやっぱりそうなんだと思いました。この話すごいリアリティがあります。

粟根のりこ「カツジ君」
 丸眼鏡というのがなんとも時代を感じさせてくれますね。だましてくれる趣向もよし。でも、あのう、三十ちょっとの女の人が西瓜の半分完食に挑戦するものなのですか。これを最初に読んだとき「私」は小学生だろうと思ったのですが。

酒月茗「町俤」
 懐かしい情景の面影が浮かんできて、すがすがしい作品。そうだよ、アイスクリンの幟とか、風鈴の音とかいまではすっかり見かけも聞きもしなくなってしまいましたね。思い出だけが美しいのでしょうか。

駒沢直「風呂」
 こじんまりとまとまった品のよい作品。ミッキーがかわいらしい。ラストの二文字もよし。


貫井輝「問題教師」
 この教師のどこが問題なのかがよくわからないけど、ギャル語がたりで、脱線もありありで、それがまたちょーいい。「発がん性? ぶしつ?」のあたりの芸の細かさは名人級。何の名人だかはよくわからないですけれども。百作のなかにこういう一作はぜひほしいですよね。面白かった。最高ってゆうか、むしろウケる。

日野光里「角打ちでのこと」
 立ち飲みの店は僕も好きです。角打ちということばははじめて知りましたが、酒の量り売りだなんて、楽しそうですね。とはいえ、本作は角打ちならではの怪談でも作品でもないように思えるのですが、読み落しでしょうかね。

呪淋陀「マムシ」
 瓶のなかの生きた蛇というのが気色悪くて秀逸です。ガラスの割れる音が連鎖的になっていてこれまた怖い。終わらせ方が、いろいろ想像させられてしまって、なおのこと怖いです。

吉野あや「父、悩む」
 ゲームのやりすぎで、顔がゲーム機になってしまう少年の4コマ漫画を昔読んだことがありますが、なるほどゲームではないけど電車を父の顔に持ってきて、子を前にして悩む姿は画としても面白いです。疲れるとワイパーもとまるのですねw

峯岸可弥「橋を渡る」
 悪夢を見ているような幻想物語。橋の中央に鞠ついている鼻削ぎのおぼろげなすがたがなんとも幽冥の世界とのつなぎ渡しをあらわしているようです。「抉る」という字と「袂」という字はよく似ているのですね。

室津圭「僕の妹」
 病弱の妹という痛痛しさこの上ない設定。心臓の障害とか、ディズニーランドとか、ありきたりといえなくもない道具仕立てなんだけれども、最後の妹とのやり取りはやたら心にしみます。

勝山海百合「古井戸」
 秀作です。金平糖の入った瓶をもてあそぶ病床の弟の場面、井戸に呼びかける場面など、作者の思惑に乗ってしまうことはわかりきっていても、胸を打つものがあります。金平糖の甘みは切ない味がしたことでしょう。土葬の時代だったのですね。


圓眞美「からくり」
 こういう全体の見えないエロティシズムって想像力をたいそう刺激するものがありますよね。「細君」という語の用い方も効果あり。むっちりした脚のみがうかがい見えるラスト。エロいです。

松音戸子「アイス墓地」
 そうそう子供のころよくアイスキャンディーの木の棒で墓とか作ったりしましたよ。でも、ひとが作った墓を荒らすのは子供とはいえ、いけませんね。ラストは奇怪なイメージの二重落とし。ただし、その先はないところが、怖い。

不狼児「肝だめし」
 ひぐらしの鳴く、まだ蒸し暑い夏の終わりにて、墓地で裸でおのが身体のあちこちに線香を差してゆく女。匂いたつ、焦げつくエロティシズムですね。作品でも触れているように芙蓉の匂いがします。読み終えて、背負い投げを食らわされた気がして、あわててタイトルを読み直してしまいました。

飛雄「よそゆき」
 なんといいますか、自分の母親の見てはいけない光景を見てしまったというか、最悪の偶然の結果みたいな、けったいな作品ですね。最後の4行が強烈で、不意打ちに置いてけぼりを食らったようないやあな気分を味わいました。

ヒモロギヒロシ「死霊の盆踊り」
 大賞受賞作。投稿されたときから前評判が高かった本作ですが、何回読み返したのかすでにおぼえていないのですが、何度読んでも声を立てて笑ってしまいます。陰陽の比率調和のために踊りまくった挙句の陽の気に満たされた部屋の過剰なる描写のおもしろさ。まさしく大賞にふさわしい一作であり、100人100怪談の末尾を飾るに似つかわしい快作であります。

 最後に自作の裏話。

添田健一「食卓の光景」
 じつは、この作品、とても以前に書いたものを、今回の応募の際に800字にして、語を変えたりして直しを入れたものなんです。筋や道具たては一切手を加えてません。僕にとって、小説を書きはじめて3作目にあたるものです。そんな古い作品が今回収録されることになってびっくりしました。

総評
「てのひら怪談」(いわゆる「1」)と読み比べてみますと、全体を通して、作品の質も向上し、題材の幅もひろがりを見せている印象を受けました。「1」では、やや文章にぎこちなさのある作品もいくつか見かけたのですが、今回は校正や、なによりもそれぞれの作家の方の創作への意識が高まってきたためか、おぼつかないところはほとんどなく、ひっかかりもなく読むことができ、手ごたえもじゅうぶんでした。

 掲載順にも編集サイドの思惑が感じられ、最初から順番どおりに読んでみると、流れがあり、たとえば同じテーマを扱っていても、作者によってまったく異なった書き方をしていたり、題材の扱い方が大きく違ったりしていて、そのあたりも楽しめます。書き手としても、自分だったらこうは書かないな、自分にはこういう着想はできないな、などいろいろ思うところがあり、そうこう考えているうちに新しいアイディアにつながったりもするので、書く側のひとにとっても実用足りうるのではないでしょうか。編者の東雅夫さんが「はじめに」にて書かれているように、100人100怪談の書籍化が史上初なのかどうかは僕にはよくわかりませんが、100人の凡庸ならざる書き手がそろっていることには半端ではない凄みが実感できます。

 このまま、ぜひシリーズ化していってほしいものです。

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2007年12月 5日 (水)

『てのひら怪談2』

Tenohira

 そうしたわけで、『てのひら怪談2』は、本日か明日かには書店の店頭にて発売されます。この表紙を探してください。花火柄です。
 恥ずかしながら、添田健一名義で拙作も収録されております。

 著者に送呈された見本のほうもひととおり読み終えました。
 全体を通しての感想。
 僕はweb上の小説も紙に打ち出して読むのが好きで、今回のビーケーワンの怪談対象のときも、好きな作品は印刷して読んでいたのですが、今回こうして一冊の書籍になったかたちであらためて読んでみると、本としての重みと押すと押し返してくる表紙の硬い紙の弾力、印刷された墨のにおいなどともに、読んでみるとまた違う味わいがあり、やっぱり本という形式はいいなと思いました。手ごたえがちがいます。

 収録作品も、「てのひら怪談」(いわゆる「1」)では、やや文章にぎこちないところもある作品もいくつか見かけたのですが、今回は校正やなによりもそれぞれの作家の方の意識が高まってきたためか、おぼつかないところはほとんどなく、読み応えがあります。

 掲載順にも編集サイドの意思があり、最初から順番どおりに読んでみると、流れがあり、たとえば同じテーマを扱っていても、作者によってまったく異なった書き方をしていたり、題材の扱い方が大きく違ったりしていて、そのあたりも楽しめます。書き手としても、自分だったらこうは書かないな、自分にはこういう着想はできないな、などいろいろ思うところがあり、そうこう考えているうちに新しいアイディアにつながったりもするので、書く側のひとにとっても実用あるのではないでしょうか。編者の東雅夫さんが「はじめに」にて書かれているように、百人百怪談の書籍化が史上初なのかどうかは僕にはよくわかりませんが、百人の凡庸ならざる書き手がそろっていることは半端ではない凄みが実感できます。

 巻末の選者のみなさんによる評も大いにためになるので、必読です。

 そんなわけで「てのひら怪談2」発売ですw
 よい本に仕上がっておりますので、ぜひ全国書店にてお手にとって見てください。
 あっ、ビーケーワンで購入すると、特典がつきますので、そちらを利用するのもまたぜひです。
http://www.bk1.jp/product/02927474/?partnerid=02a801

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